塾長プロフィール

山下 裕一

星峯中 出身

早稲田大学商学部 卒業

早稲田大学院商学研究科 卒業

 

学生時代は、勉強が不得意の上、要領が悪く、地頭が良い方ではありませんでした。
学生時代は、勉強が不得意の上、決して要領・地頭が良い方ではなく学校の授業では周りが理解しているにも関わらず、自分だけポカンとして理解しておらず、どんどん授業は先に進んだりしてました。
当然、高校受験で不合格になりました。 この悔しさから毎日必死で5時間以上勉強をしました。土日も学校の図書館で1人で勉強をしました。 今考えると非効率な勉強をしていたと思います。

悔しさを跳ね除け早稲田大学に入学しました。
高校を卒業して、東京の新宿区にある早稲田大学に入学しました。まだ鹿児島弁がぬけない中、寮に住んでいる友人にからかわれたものです。と言っても、寮に住んでいる友人も大分県や香川県などから上京してきた田舎者なので、お互い方言がぬけない田舎者同士なのですが。
大学には、色々な個性を持った友人がいました。
南は鹿児島から北は北海道まで色んな出身の子が集まってましたし、2年浪人して年上の同級生まで様々でした。

大学3年時交換留学経験しました。
大学3年には交換留学をしました。ほとんど話せないまま留学をし、あちらの経営学部の授業を受けたので、留学先では苦労したことを覚えてます。また、ルームメイトは、ドイツ人と、オーストリア人でした。メインは英語で話しました。つたないながらも英語を話しながら、交流を深めました。今でも手紙やメールで交流を続けてます。サークル活動や留学を経験して充実した学生生活を送っていたと思います。

早稲田大学の大学院進学 - 修士号取得。
早稲田大学の大学院に進学し、管理会計を学びました。論文では「財務諸表と株価の関連性」について書きまして、修士号を得ました。

大手企業総合職勤務
大学院卒業後は、従業員数十万人の大手企業で総合職として勤めました。主任として朝から晩、土日も働きました。大学院で専門としていた管理会計の知識を活かした部署で働くことが出来てとても良い経験が出来たと思っております。

大手塾勤務―プロとしての大変さを痛感。
その後、同じ大学の先輩が経営している塾に勤めました。当初は、プロとして講師をやっていくことの大変さを痛感しました。成績が上がらず結果が出なければ、当たり前ですがお客さまは退塾なされます。何度も悔しい思いをした覚えがあります。ただ、指導を経験していく上で、一番大事なことは、「お子様のことを真剣に思う愛」だと思いました。この子の成績を上げたい、この子のために何をして上げられるかを必死で考えました。

プロとしてのお子様への配慮、教える楽しさを知る。
自分の指導のレベルを上げることはもちろん、プリントや教材選び、ご自宅での状況の確認、宿題の状況、模試の答案用紙の答えた内容の確認、細かなことになると、消しゴムの種類、シャーペンの種類、シャー芯の濃さ等、細かなことまで配慮しました。
講師側の真剣な思いは、お子様には伝わるもので、小学1年生から大手塾に通い小学5年生まで偏差値30台だったお子様は、私が担当になってから6ヶ月で偏差値を50台に伸ばし、60を超えることもありました。私の担当である算数だけでなく、他の科目にも成績アップは影響し、勉強をすれば成績が上がる楽しさを実感してもらえたと思います。
現在、3つの大手塾にて10年間の指導経験を経て、故郷鹿児島市星ヶ峯にて大手塾の指導経験にエッセンスを加えた指導で日々お子様の指導にあたっております。

NEVER GIVE UP

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家庭教師のスパーク・ジョイ

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